不完全はナイ

 この世には不完全や不調和や間違いや悪が満ちあふれている・・・様に見える。しかし、それは本当に存在するのではなくて、全て、吾々の心が勝手に「この世は不完全である」と認識して、それを現象世界として投影しているに過ぎない。
 私の尊敬するA先生は「問題はナイ!」と一喝されていた。問題はナイのである。あらゆる不完全はナイのである。それは神様がお作りになっていないからナイのである。それは何時の事かと言ったら、正に今、ここの事である。

 世界革命家は理想世界を描いて、それを実現化させようと試みる。そして、この現象世界に理想など臨むべくもないから、それを破壊して、新たに理想世界を築こうとするのである。しかし、それは唯物思想である。生長の家は唯物思想ではない。それは唯神実相哲学である。このままで物質、現象はナイと説く。不完全な現象はナイと説く。そして、心の向きを変えれば、今、そのままでここに理想世界即ち神の国を見いだせると説く。それは我(が)の努力が要らないのである。ただ、神がお作りになった完全円満の自分及び世界に目覚め、感謝あるのみである。

 それは自分が今、そのままで神であったと言う目覚めである。ああすれば良かったこうすれば良かったとかこの先、どうしようか、ああしないともっと悪くなりはしないだろうか、これをやれば、まずい事になるだろうかというのは我(が)の考える事である。物質の考える事である。吾等は始めから完全円満なる神として、生きて来たのであり、生かされてきたのであり、これからもそうである。だから、自分の人生に一つも間違いは無かったし、これからも無いのである。完全円満の自分が完全円満しているのである。どこに不完全が間違いがあるのであろうか?この世は不完全だらけ、自分の人生は間違いだらけと思うのは迷いであり、心の歪みである。そういう歪んだ心で見るから全てが歪んで不調和に間違いだらけ、不完全だらけに見えるのである。その自己の歪んだ心で見た世界及び自分の人生を自分の努力又は信仰で良くしようなんてのは迷いから出た迷いである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-08-05 13:01 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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