実相を観るということ

 私は普段、比較的、気の向くままに生きているので、怒りたい時は怒るし、不満に思う時は思う。それで周りに組織の為にならない人間がいるととても憤って、その相手に対してつらく当たったりする事もあった。
 私は理に合わない事、理不尽な事、卑怯な事が大嫌いであるのでそういう人間は赦せないのであった。しかし、そうこうする中、私自身が色々な場所で人から批判される事も多くなった。その批判する理由が又、私には理不尽に感じられたのでまた、その相手にも怒りを表したりした。この事は以前にもご紹介した事があると思う。しかし、その時も申し上げた様に私は自分が批判されるのは自分が人を批判しているからだと本当に如実に分かったのである。そして、それと同時にそれらの人達は単なる自分の人を批判する心の影であると実感で分かり、実際に悪い人はおらず、皆そのままで完全円満であると分かった。
 そして又、自ずと人を悪く思って批判する事が殆ど無くなった。私は他の人の実相を観なくてはならないと努めたのではなくて、内側から自ずと悪い人がいないという事が分かったのである。そして、又々それと同時に私の左足のすねにある湿疹が急速に治って行った。それは二年近くも私のすねに出来ていて、全体的に幾分腫れていて、かさぶたがかゆくて仕方がないのでかくとそれが破れて、血が吹き出るのであり、そういう状態がずうっと続いて中々治らなかったのが人と擦れ合う心が消えたせいか急速に腫れが引いて、かさぶたも無くなって綺麗になって来たのである。

 ところでそれで私は他の人を全然、叱らないか怒らないかと言ったらそんな事も無い。それは相手の完全円満の実相を観て、かつ怒る事もある。しかし、それは相手の実相を観ているのであるから、相手を悪と観て、ただ批判するのとでは大違いである。相手に怒ってもその怒りが相手の表面の悪を否定し、実相を引き出すものであるから相手もそれを受け入れるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-09-02 12:08 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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