悩みは尽きない(?)

 「一難去ってまた一難」と言う諺がある。それは吾々はよく「この悩み、問題さえ解決されたら、自分は幸せになれるのに」とか思って、それが何かのきっかけで解決されたとしても、又次に別の問題が持ち上がって来て、今度はそれで悩み続けるという事がある。
 
 仏教のお話にこういう話がある。それはある男が居て、自分の家が狭くて狭くてそれが悩みだと言うのであるが、それをあるお坊さんに相談したら、そのお坊さんは「お前、自分の飼っている牛と馬を自分の家に入れて飼え」と指示を出したのである。そうしたら、その男はびっくりして「そんな今でも手狭な家で困っているのにそんな牛とか馬を家に入れたらとてもじゃないがもっと家が狭くなって困ります」と反論した。しかし、お坊さんは男に「とにかくだまされたと思ってわしの言う通りにせい」と言って、男に牛と馬を家に入れて飼育させたそうである。男はしばらくその状態で我慢して暮らしていたが、程なくして、お坊さんが「お前、そろそろ牛と馬を元通り、家の外に戻しなさい」と指示を出した。男はその指示に従い、牛と馬を表に出したら、家がとても広く感じられ「自分は今までこんな広い家に住んでいたのか」と再認識したそうである。
 この話が教えてくれる事はそもそも具体的問題とか悩みなんて存在するのではなくて、皆、それは自分の心の歪みが作り出した影であるという事なのである。この世界に問題あり、悪ありと思っている人は今そのままで完全円満の世界に居て、完全円満の何の欠点も病気も無い肉体を与えられているにも拘わらず、それに目を閉じて、勝手に問題とか欠点を自らの心で作り出して、それを現象界に投影させて、その事で煩悶する。そして、その問題を「ここにこういう問題がある」と勝手に想像して、それを心でつかみ、何とかしたいと思う。それが悩みである。だから、こういう心に歪みを持っている人は具体的問題なんて無いのに勝手に自分が問題を心に描いて、色々と対象を変えて、悩み続け、悩みは尽きないという事になるのである。

 悪はナイ。問題はナイ。悪人はナイ。それらがアルと見えるのは全て、自分の認識の歪みである。そうした認識が悩みであり、罪の意識であり、又、他人から危害を加えられる事になる。

堀 浩二
by koujihori | 2009-09-29 12:17 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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