私の尊敬するA先生の御著書に「裸」という御著書がある。先生の御著書やご指導は理屈的説明ではなくて、それは芸術的な表現をお使いになる事が多い。「裸」もその一つである。その中で裸である事の尊さがあらゆる表現をされて述べられている。
 先日もブログashikabiの久都間繁本部講師がご自身のブログの中の「レッテルについて」と言う御文章でも述べておられたが、実相顕現というのは無理に行をやる事で外側から取って付けた様にして、成就して行くものではない。そうした外側から取って付けたものを全て、剥がして行って、そのままの裸になった時、内側から自ずと成就して行くものである。

 その過程では他人に怒る事も憎む事もあるのである。こうであれば一時的に他人と不調和になる事もあれば、実力が出せなくなる事だってある。そうした中、自ずと全ての人は自分の鏡であって、自分と一体であり、他人が悪かったのは実は自分が悪かったのであると如実に悟るのである。その様な過程を経て、内側から、実相が顕現して全ての人に感謝し、うち解ける事が出来、実力も健康も存分に発揮する事が出来るのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-10-07 12:12 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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