講師になる勧め

 私は生長の家の地方講師である。生長の家の人なら分かると思うが生長の家の講師には本部講師と地方講師があり、本部講師は生長の家本部職員の講師の事で、言わばプロの講師であり、地方講師は生長の家教団に奉職している人ではなく、自分の仕事を持って、余暇の時間を使って生長の家の活動をしている講師であり、言わばアマチュアの講師である。

 私はこの地方講師の資格を24歳の時に取り(40歳未満の場合は地方講師と言わず、光明実践委員と呼ぶ)、かれこれ講師生活26年になるが、現在は月に一回位の頻度で県下各地の誌友会に出講して、講話をしている。
 私は講師に成り立ての頃はそれはそれは講話の準備は完璧にやった。原稿を作り、それを暗記して行って、講話をしたものだが、後年になって、講話は自分の中の神がするのであるという事が分かり、講話の準備は一応はやるが大体何を喋るかと言うことを適当に箇条書きにする位であり、それで実際の講話に臨む時はその準備した箇条書きにも余りとらわれないで内側からの催しに従って、比較的自由に話す様にしている。

 ところでこの講話であるがそこで何を話すかとか言う事はとても重要な事であり、たまに講師研修会などで大勢の他の講師達を前にして、モデル講話として、発表しなければならない時などは少なからず緊張する。
 そうした時、昔の私だったら失敗する事を恐れて、過剰な準備をしたものだが、最近はなるべくと言うか全面的に神に全託して、良い話をしようとしすぎない様に、その為に過剰な準備をしない様にしている。良くしよう、上手く話そうとすればする程、自分の力を却って縛る事になり、良い話は逆に出来ないのである。当たり前の準備はするがそれ以上の準備とか考えすぎはしないで神様にお任せする様に努めている。

 こうした心の働きというものが信仰である。恐怖心に駆られ、上手く話そうとか良くしようと言う心で自分を縛るのが我(が)の働きである。こうした我(が)をかなぐり捨てて、全託の境地になるのである。それを教えてくれるのが講話の要請を引き受けるという行いである。これは信仰における最高の行である。
 要するに吾々は講師として生長の家の講話をするのは自分が偉そうに高い所から聴衆に対して高遠な真理を説くという事ではなくて、講師として講話の要請を受け、講話をさせて頂くという行為、事前の講話に望むまでのプロセス自体が途轍もない真理の勉強であり、修行である。
 そこで吾等は全託の信仰、吾が内にある完全円満の神に対する信仰を鍛えられて行くのである。真理の講話をするという事は講師に取って絶体絶命の境地になる。それは自分以外に何ものも頼る事が出来ないという事になるのである。それが出来ない内は出来るだけ自分の他のもの即ちテキストとか自分の作った原稿とか原稿を暗記させた自分の脳髄とかそうした外部のものに頼るのである。しかし、そんな外のものに頼って、良い話をしようとすればする程、講話が出来なくなってしまうのである。そうしたプロセスを経て、吾等は自分の中に真理、神の国と見出すのである。
 だから、講師となって、生長の家の真理を他の人に講話するという事は本当の真理の勉強なのである。谷口清超先生が講習会の御巡錫から退かれる時に全国幹部研修会で「私は今まで出講して来て、教えられた事は数限りなくありました。有り難うございました。」と仰って、全国幹部に合掌礼拝された事がある。私はこの事は今でも強く脳裏に残っている。
 生長の家を信仰している人は組織の上の人から講師の試験を受けなさいと言われたら、自分はまだまだですなんて思わないで講師になって講話をする所から本当の真理の学びが始まると思って、どんどん講師受験して講師におなりになる事を強くお勧めする。

堀 浩二
by koujihori | 2009-10-16 12:32 | Trackback | Comments(3)
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Commented by yukio aono at 2009-10-16 20:00 x
合掌 ありがとうございます。       喜ばれる存在に
堀 先生、日々新たなる発見をさそい、
また、生命の実相へと誘う文章を、ありがとうございます。

>だから、講師となって、生長の家の真理を他の人に
>講話するという事は本当の真理の勉強なのである。

自覚といえば、知ることから始まると思えます。
勉強して、確認して、感謝して、真理をより深く味方にし、
精通するよう。チャレンジしてみようかと、思ったしだいです。
                        敬礼

Commented by koujihori at 2009-10-19 08:57
aono様

 コメント有り難うございます。お互い更に精進致しましょう。
Commented by HonnE at 2009-10-19 11:12 x
たとえ現象であっても、日本という国に生まれた理由があるのです。特に生長の家に縁のある方は、日本についてもっともっと知る必要があります。谷口雅春先生は、住吉大神から使命を与えられ、生長の家を創設したのですから。
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