生長、進歩とは何か?

 私はテニスをやっているが、その技量的な事が向上するのは試合経験を積み重ねて行く内に為される事が多い。無論、そのヒントになるのは練習の時に上手い人に教えてもらった事が主であるが、そのヒントを元に試合経験を重ねて行く中で本当にこの打ち方が効果的だなと実感し、それまでその事が分からなかった為に散々上手く打てなかった経験が土台となって、技術が向上して行くのである。
 だから、進歩生長する為にはそれまでの上手く行かなかった経験、迷った経験というのが土台になるので迷いは悟りの基礎工事と言われるのである。
それで進歩向上、生長と言うのは以前もちょっと触れたが反復練習によって、潜在意識を改善して行く事で為されるのではなくて、吾々が試行錯誤して、奥に隠された宝を発見して行く事で為される。要するに進歩向上というのは我(が)の努力で駄目なものがましなものになって行く事ではなくて、既に始めからそのままで完全円満の無限の宝を自分の中に見出す事である。

 強迫神経症という神経の病気がある。先週のテレビ番組の「アンビリバボー」で紹介されていたがアメリカのある青年がこの強迫神経症にかかり、引きこもりになっていたのである。
 何故、この青年がそういう事になったかと言うと、この青年はとても愛情細やかで愛する母親の死にとてもショックを受け、それで時間を引き戻しさえすれば母親は生き返ると思いこみ、それ以来、ビデオのテープを何回も巻き戻したり、あらゆる動作を逆にやったり、言ったりするというこの青年独自の儀式が始まったのである。
 それで彼は自分の世界に引きこもり、自分の部屋から一歩も出ない様になってしまったと言うのである。それを家族が心配して世界的権威と言われる精神科医を自宅に招き、この青年の治療を頼んだ。
 この精神科医はベトナム戦争での精神的後遺症からPTSDという一種の神経症を自分自身が抱えていた事から、この青年の事を他人事でないと感じて、治療費も取らないで献身的にこの青年の治療を行っていった。しかし、二年も熱心に治療したに拘わらず、この青年の症状は快方に向かう事はなく、この精神科医もさじを投げざるを得なかった。そして、その青年に対する申し訳なさで最後に泣いて、この青年を抱きしめて、精神科医は青年の元を去って行った。
 しかし、その青年はその後、素晴らしい回復を見せて、素晴らしい女性と結婚し、二人の子宝にも恵まれ、精神科医が彼の元を去ってから10年経った現在ではかつて自分が苦しんだ強迫神経症の患者の為にそうした患者の支援団体に属して、尽力しているそうである。
 この青年は本当に元気になり、インタビューにも明るく答えてこう言っている。「自分は10年前に自分を担当している精神科医の先生が自分の治療が出来ない事を悔やんで自分の為に泣いてくれた事で本当に人の愛というものを知ったのです。それで、自分は母親を蘇らせる為に時間を巻き戻す事にとらわれていたがこんな状態でいる事が却って、自分の家族を悲しませているという事に気がつき、それからかつて自分を治療してくれた先生のアドバイス通りに自分に精神的トレーニングを課して、自分を改善してここまで回復したのです。」と言う事であった。

 即ち、この青年は元々すごく愛情深くて愛する母親を何とか蘇らせたいと思ったから時間を巻き戻す行為を繰り返して強迫神経症になったが、自分を何とか治してあげたいと言う医者の愛情をひしひしと感じ取り、かつ自分の行為が家族を救うどころか苦しめている現実に気付き、自分の奇癖を自らの精神的トレーニングで克服して見事立ち直ったのである。これはこうした強迫神経症であっても、その人の中には完全円満、無限健康が既にあるのであり、真実とか本物の愛に目覚める事、即ち内側に本物の宝を発見する事により立ち直れるという事である。
 吾々の実相顕現というのはこの様に既に吾々の内側にある本物を発見して行く事なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-11-04 12:37 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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