今、ここ天国浄土である。

 今、そのままここが実相世界である。天国浄土である。大調和の世界である。実相世界というのがどこか遠くか又は遠い未来にあるのではない。実相世界は今、ここにある。不調和とか病気とかが見えているのはそのままで完全円満の実相世界が自分の観に歪みがある為に歪んでそう見えているに過ぎない。
 そして、それは自分自身もそのままで完全円満、無限力の神そのものであるという事である。これから行を重ねて、修行を積んで、潜在意識を清めてからそうなるのではない。それがそう思えないのはやはり自分の観に歪みがあるからそう自分に認識されているだけである。現象世界というのは自分が認識しただけの世界の事を言うのである。それは従って存在しないのである。
 よって、自分の一挙手一投足そのまま神の一挙手一投足である。それは過去においても現在においても未来においても同様である。
よく自分の過去を振り返るにあの時ああ言ったのは良くなかった、ああしたのは間違いだった、自分のあんな恥ずかしい過去は消してしまいたい、やり直したいとか思う事がある。それはそう思う自分が今を生きておらず、今という実相世界を外して現象の歪みの世界に陥っている為に認識されている本来ナイ世界である。
 そのままでよい。自分の行動、言動そのまま神である。今ここがそのまま神の国である。大調和の世界である。一切、良くする必要は無い。悪く見えるのは自分の観が歪んでいるだけである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-11-05 12:23 | 信仰 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 久都間 繁 at 2009-11-06 18:14 x
>>現象世界というのは自分が認識しただけの世界の事を言うのである。それは従って存在しないのである。

>>自分の過去を振り返るにあの時ああ言ったのは良くなかった、ああしたのは間違いだった、自分のあんな恥ずかしい過去は消してしまいたい、やり直したいとか思う事がある。それはそう思う自分が今を生きておらず、今という実相世界を外して現象の歪みの世界に陥っている為に認識されている本来ナイ世界である。


堀さん、さすがですね!
過去を引きずっていたのでは、「今」を生きる教えが、「過去(現象)を生きる」ことになってしまいますね。

心のきれいな信仰熱心な人ほど、過去の一切が躓(つまず)きの石となり、前に進めなくなってしまいます。実にもったいないことです。

過去(現象)を越えることは、現象をごまかすことでも、うやむやにすることでもなく、いよいよ現実(実相・実在)を相手にすることに尽きますね。
Commented by koujihori at 2009-11-07 09:32
久都間様

 嬉しいコメント有り難う御座います。私は本当に過去の自分をやり直したいとかの後悔がとても多い人間だったのです。でも、その事が却って、素晴らしい気づきを与えてくれたと思います。
Commented by シコク嫁 at 2009-11-11 17:50 x
>そのままでよい。自分の行動、言動そのまま神である。今ここがそのまま神の国である。大調和の世界である。一切、良くする必要は無い。悪く見えるのは自分の観が歪んでいるだけである。。。先日、この御文章に感動して、ありがたくて、しばらく「じ〜〜〜〜ん」としてました。
早くにコメントすれば良かとに、遅くなりましたが、御礼をいいたくて書かせていただきました。
私も今日の記事の堀さまと同様に>>「あれもやらなくちゃいかん、これもやらなくちゃいかん」と常に思っていて、その重荷につぶれてしまった。。。うちのひとりです。既に成就されているのですね〜〜〜ありがたいです。いつもいつもありがとうございます。
Commented by koujihori at 2009-11-11 22:35
シコク嫁様

 コメント有り難うございます。

>これもやらなくちゃいかん」と常に思っていて、その重荷につぶれてしまった。。。うちのひとりです。既に成就されているのですね〜〜〜ありがたいです。いつもいつもありがとうございます。

 こういう経験がある人だけが「吾が業(わざ)は吾が為すにあらず。天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」という事が実感出来るのです。
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