何が起こって来ても大丈夫

 何が起こって来てもうろたえる事はない。それは真に実在するものではなくて、単に自分の観が歪んでいるだけである。自分の観が歪んでいれば今ここ大調和の世界であり、何も困った問題が無いのにそれが歪んで困った状態、不調和な状態、病気の状態などが現れる。大抵の人はそういう状態が現れると「さあ、大変だ、何とかしなければ」と焦って、色々解決法を探し回る。しかし、そうすればするほど、事態は紛糾し、収拾がつかなくなる。それは現在の歪んだ不調和の状態を実在すると思って、それを何とかしようと心でつかんで行動するから、その「不調和がアル」という自己の認識の通り、色々動き回れば回るほど更に事態が紛糾するのである。

今、完全円満の大調和の実相世界が自分の周囲に展開しているのである。今、ここが実相世界であり、神の国である。自分が大変な失敗をして、大変な事になってしまったなんて事は無い。自分は神であり、自分の過去の行動そのまま神の行動である。それがそう思えないのはやはり自分の認識に歪みがあるのである。それを信じて、そのままの心でおれば事態は自ずと収拾する。否、始めから問題なんて何も無かったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-11-10 12:19 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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