ものごとは自ずと成就する。

 ものごとは自ずと成就するのである。吾々は何か問題が持ち上がったり、又、課題を与えられて、取り組まなくてはならない場合、「さあ、大変だ。ちゃんとやらなくては」と思って焦ったりする事がある。しかし、ものごとというのはそのままであれば自ずと成就するのである。上手く行かない事があるとすれば、それを「そのまま」に任せず、「私が」「オレが」と我(が)がのさばり出た場合である。それは問題あり、そのままではいけないと思って、問題をつかむから駄目なのである。

 吾等は今、そのままで無限力なる完全円満なる神に生かされ、守られ、導かれているのである。よって、ものごとは自分が下手に問題をつかんで手出ししない限り、自ずと解決するし、成就すべきものは成就するのである。しかし、それは手をこまねいていて何もしないという事でもない。内なる神の導き、催しに従って、その成就の為に最もふさわしい、効果的な為すべき事をやって行くのである。それは生長の家の神示にある様に鳥が巣を作るのはそれを作らなければ大変な事になると取り越し苦労するから作るのではなくて、何となく内側から作りたくなるから作るのである。それは鳥が作ったのではなくて、鳥の内側の本能即ち神の生かす力が作ったのである。

 「そのままでよい、このままここが完全円満の実相世界である。」と言う信仰を何も為すべき事をしないで手をこまねいて見ている事だなんて思うのは間違いである。強盗に襲われたら反撃するし、敵国が攻めてきたら、それを打ち砕くのも「そのままでよい」である。

堀 浩二
by koujihori | 2009-11-12 12:21 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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