自分の最も忌むべき事が最高の宝であった

 この世界はこのままで神の国であり、自分に起こって来る事はそのままで最も素晴らしい、価値ある事なのである。誤解の無い様に言うとこの世界というのは今、ここにある本当の世界即ち実相世界であり、自分の認識している世界とは違う。その自分が認識している世界を生長の家では現象世界という。
 それでその本物の実相世界とはどこにあるかと言ったら繰り返すが今ここにある世界である。いや、それは現象世界じゃないですか?と言われるかも知れないがそうではない。今ここに吾々が暮らしているこの世界が実相世界である。それ以外に世界は無い。
 現象世界は今ここにある完全円満の実相世界を自分がどう認識しているかの世界であり、自分の認識が進んで、心のレンズが真っ直ぐになり、実相世界が今ここにあるという事が分かると「ああ、素晴らしい神の国は遠い彼方とか未来にあるのではなくて、今正にここにあった。」と分かるのである。
 その時、そのままで父を拝み、母を拝むという事になり、妻は全く素晴らしいそのままで最高の妻であった事が分かる。それは自分の信仰によって悪いものを良くしたのではない。元々そこに既に最初から完全円満の家族としていたのであり、そこにあるのは感謝のみ、賛嘆のみという事にならざるを得ないのである。

 そういう心境になると自分の「この事さえ無ければ」という様な最も忌むべき運命が最も祝福すべき宝の元であったと言う事も分かる。自分が最もこれは困った問題だ、これさえなければと思っていた色々な問題、障害が実は自分の実相顕現にとって、最高の宝を自分に教えてくれるその元であったと言う事が分かるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-12-09 12:24 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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