神様が全部やって下さる

 吾々の根本的迷いは「自分が生きている」と思う事である。こういう認識でいると人間は傲慢にもなるが、恐怖心、不安感も出て来る。オレが、私がというのは自分を偉く見せていて、それでいて、これほど、不確かで危ういものは無い。オレとか私とか言う我(が)が出来る事など実は殆ど無いのである。
 オレが生きているんだ、私が判断するんだという事になると、常に戦々恐々として、間違いの無い様に気を張らなくてはならない。自分がやった事が果たして正しかったのかとか自分のせいで大変な事になるのではないかなんて考える様になり、心に平和が無くなり、それが高じると何回も確認しないといられない確認癖とかそういう事になり、それがひどくなればノイローゼなんて事になる。極論すれば、息をするのも心臓を動かすのも自分でやらなくてならないなんて事になったら、一分一秒でも生きる事は出来ないであろう。

 吾々は自分で生きているのではない。全知全能、無限なる、完全円満なる神に完璧に生かされているのである。何も心配は要らない。吾々は神に何時如何なる時も神に完璧に生かされ、導かれているのである。
 実相は自分で出て来るのであるから神様に全託でよいのである。何も自分がやせ我慢して頑張らなくてはならないなんて事は無い。

堀 浩二
by koujihori | 2009-12-10 12:25 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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