悪はナイ

 私はここ数週間、心中穏やかではなかった。ある複数の匿名の相手と色々やりとりしていたがそのやりとりは平和的なものでなかったので精神的にとても疲れた。
 しかし、その中でふと気がついたのだが、私は今回の事でやはり「悪がアル」と心に握っていたのである。正確に言うと自分の中の悪アリ、悪人アリという黒い迷いの雲が具現化して出て来ただけの事であり、全て、自分の問題だったのである。改めてそれらが全て「ナイ」と気付いた。全ては自分の心の影であり、ナイのである。

 私は今回、色々な相手とやりとりしたお陰で現象はナイという自覚がますます深まった。私は生長の家は感謝の教えだから、無理して「有り難うございます」なんて言う気持ちはさらさら無い。だから、一時的に平和で無くなる事もあるが、そうした中で自ずと悪がナイ、問題がナイという認識がますます深まるのである。それが「実相は自分で出て来る」と言う事である。

堀 浩二

 
by koujihori | 2009-12-16 13:47 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by HonnE at 2009-12-16 16:45 x
別の見方をすれば、紛争地帯から紛争の無い所に移動(逃避)したともとれます。紛争地帯(火種)がなくなったということではないですねぇ。真の平和は、仲良し仲間の中にだけにあるということでしょうか。生長の火をかざす人は、やはり場所を選ぶのでしょうか。今日も辛口コメントです。
Commented by koujihori at 2009-12-16 19:12
honne様

 私は場所など選びませんよ。私のいる所が極楽浄土です。それから逃避などとは随分無礼な言いようだと思います。そうしたコメントは今後しないで下さい。
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