過去も自分の心の影である。

 人には誰でもこれさえなければという過去があるのではないか?それは「あの時、自分がああしていれば」とか「あの時の自分の選択は正しかったのだろうか?」とか言う事である。しかし、過去の自分のやって来た事が気になるのはやはり、悪がアルという迷いにとらわれているからである。

 自分のやって来た事は神のおやりになった事で完全円満である。そう思わない心が自分の過去を悪く見せているのである。
 それを「何を言うのか。私は具体的にこれだけ人を傷付けましたよ。」と言うかもしれない。それで罪滅ぼしをしようとか又「いや、あれは自分が悪いのではない。相手が悪かったのだ」なんてあれこれ考えたり、誤魔化したりするが、それ全て、現象アリ、不完全アリ、悪アリと言う自分の迷いが映っているだけの話である。自分は宇宙の始めから神であり、完全円満であり、間違いとか罪など犯しようがないのである。

堀 浩二
by koujihori | 2009-12-18 12:18 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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