人生は何時でも最高の時である。

 前も同じような事を書いたが、吾々の人生というのは何時でも最高なのである。生長の家で聞いた話だと記憶しているが、ある人が色々苦労したが自分としては満足出来る人生だと思って、一生を終えた。そして、霊界に旅立ったのであるが、その時、その人は自分の生涯の歩みの足跡を霊界で見せられたのである。
 その時、足跡は自分一人だけではなくて、いつももう一人分、寄り添う様についていた。それが神様の足跡であった。しかし、その人はその足跡がある時期になると一人分だけになっていた事を発見した。それはその人が人生の中で一番苦しかった時、絶望を感じていた時なのであった。
 それでその人は神様に「あの時、私が一番苦しかった時に神様あなたはどうして私の側から居なくなったのでありましょうか?」と幾分、訴える様な言い方で訪ねた。そうしたら神様は「私はあなたが一番苦しい時はあなたをおぶっていたのだよ」とお答えになったそうである。

 この様に吾々は何時如何なる時も神と共に神に支えられ、導かれて生きているのである。いくら表面的に大変な時であってもである。
 私のこれまでの半生も顧みるにそれは色々大変な時期もあった。しかし、それは私の中から大変な宝即ち「そのままでよい」という大安心の信仰、そして神の国は自分の中にあり、それに完全に生かされていたという自覚が出て来る為の下準備期間であった。何時如何なる時も神が私から離れた事は無かった。それは私に限らず全ての人がそうなのである。
by koujihori | 2010-02-04 12:14 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/10735099
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 人に良く思われたい気持ち 訓練について >>