一番大事なもの

 谷口雅春先生は人間に取って一番大事な事は「心の平和と魂の清らかさ」であると仰っている。この二つを失えば如何なる金銀財宝や地位を手に入れようと無意味であると説かれている。私は真の心の平和は唯一絶対の完全円満なる神への全幅の信仰が一番重要な鍵であると思う。宇宙に満ちた完全円満なる神に全面的に生かされていたという事が分かって、人は本当に安心立命を得る。そこにはもう何も心配も恐怖も取り越し苦労も存在し得ないからである。生長の家をやっていたとしてもこの事が分からねば、悩みや不安は尽きない。あれをやらなくちゃいかん、これをやらなくちゃいかんという事に押しつぶされてしまうだろう。でも私の尊敬するA先生はそういう事を自分に嘘をつかないで本気で悩む事が大事だとかつて私に御教示下さった。

 要するに自分の心に嘘をついて適当に生長の家をやっても本当の信仰は得られないと仰っていた。それがもう一つ重要な要素である「魂の清らかさ」という事に通じると思う。それは断じて自分に嘘をつかない生き方である。罪を犯しているのにそれは自分のせいではないとか、あいつが悪いのだとか言って他人に責任転嫁する様な考え方は駄目である。そういう考え方を放っておくと年取るにつれてますますそうした自己欺瞞の考えになり、もうその人はどうにもならない。神から限りなく遠ざかっているとしか言いようが無い。

 私はテニスをやっているがそれはどうやって上達出来るかと言ったら、経験をより積む事が一番大事である。試合をして行く中でこういう風に打ったら上手く行くというのが自ずと分かる事が多い。でも、その中で大事なのが自分に正直であるという事である。サービスに関して、私はどうも苦手意識があったが、試合中どうも事にセカンドサービスで回転を掛けて打たなくてはならない場合にラケットが十分に振られず回転不足であるという自覚があった。だから、セカンドサーブに自信が持てなかったのである。
 それで一人でコートで練習していた時に自分で分かったのだが、私はラケットを振り上げた時、きちんとラケットを背中の後ろで回していなかったと言う事に気がついた。事にセカンドサービスの際、ラケットを背中に十分落としておらず、それが為に十分に振る事が出来ていなかった事に自分で気がついた。それから試合でそれを試した所、無理なくラケットを十分に振れて、十分な回転をボールに掛けられる様になったのでセカンドサービスも自信を持って打つ事が出来る様になった。
 これ全て、自分に正直に自分の至らない所を怖がらずに見つめた結果、内側から自分で治す力、気付く力が働いてサービスが良くなったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-02-15 12:30 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 久都間 繁 at 2010-02-21 12:08 x
>>要するに自分の心に嘘をついて適当に生長の家をやっても本当の信仰は得られないと仰っていた。それがもう一つ重要な要素である「魂の清らかさ」という事に通じると思う。それは断じて自分に嘘をつかない生き方である。


堀さん。これはとても重要なことですね。
吉田國太郎先生も、浅くすべって平安でいるよりも、深く悩みつつも谷口先生のおっしゃる通りの神の子でいたい、という意味のお言葉を『常楽への道』で書いていらっしゃいましたが、「自分の心に嘘をついて適当に生長の家をやって」いたのでは、「唯神実相」と出合うことはできません。なぜなら「唯神実相」とは、「自分の本心」そのものですからね。
いつも真心こもったご文章をありがとう。また食事にいきましょう!
Commented by koujihori at 2010-02-22 08:58
久都間様

 コメント有り難うございます。生長の家というのは本当に厳しい部分もありますよね。でも「唯神実相」の真理はそう容易に見いだせないからこそ価値があるのでしょうね。
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