自分が神である。(3)

 私は幼い頃から母親の影響で生長の家には触れていた。しかし、本格的な学びが始まったのは高校一年の夏休みに母親から半ば強制的に行かされた生長の家夏季高校生練成会に参加してからである。
 その時は確か4泊5日位で生長の家富士河口湖道場でみっちり練成を受けた。練成会は最初はいやいや参加したが、最後の頃にはすっかり感動して、練成を受ける前とは一転して良い子になっていた。それから、数週間は心が綺麗なままで品行方正の高校生になっていた。
 それから同じ高校に生長の家高校生連盟の友人がいたので彼から誘われて、その年の冬の練成を今度は東京の飛田給道場で受けた。それで又、受けた直後数週間は練成の感動のままに心を入れ替えて、良い高校生になった。それから神奈川の生長の家高校生連盟の仲間から再三、生長の家高校生連盟の活動に誘われたが、私は「生長の家は良いのだけれどもあの笑いの練習が嫌だ。」などという奇妙な理由でその誘いに応じず、しかし、生長の家の真理は痛く感動して、これこそが真理だと思っていたので、一人で家にこもって、生長の家の本ばかり読む様になった。でも、生長の家は一人で本を読んで分かろうとしても分からないものである。私はそれから程なくして、ちょっとノイローゼ気味になった。それは「思ったら思った通りになる。」と練成会で講師の先生から習った事が頭から離れず、段々その事が悩みとか恐怖になって来たのである。

 要するに「思ったら思った通りになる」のであればお金が欲しいと思ったら「お金、お金」と思っていたら、お金が出て来るし、可愛い彼女が欲しいと思ったら「可愛い彼女、可愛い彼女」と念じていれば可愛い彼女が出来ると言う事になるが、私はそうしたら悪い事も思ったら悪い事が出て来るから悪い事を思わない様にしようとしたが、これが面白い事に悪い事を思うまいと思えば思うほど逆に思ってしまうのである。私はこの事で悩んで殆ど勉強が手につかなくなった。そして学校の成績もどんどん下がり、担任の先生に心配して頂いたが、どうにもならなかった。それでもその後、何とか大学に入り、生長の家は一人でやっていても駄目だと思って、自分から生長の家青年会に入って、仲間と共に学び、活動した。それで自分の悩みは活動にかまけている内に消えたかに見えた。しかし、それは根本的には解決はしていなかったのである。

 そして、信仰に行き詰まり、遂にどうにもならなくなったが、神のお導きにより、何度も御紹介する様に宇治の生長の家の道場のA先生に巡り会い、その薫陶を受ける事が出来、それで生長の家の奥殿である「実相独在」の信仰を吾がものとする事が出来た。先日ある人が、このブログにコメントして来て、生長の家の教えに段階があるのかと言って来たが、前述の私の信仰遍歴を読んで、それがどういうものであるかを察して頂きたい。
 私はそれまで自分の心のコントロールという事で苦しんで来たが、自分というものが心ではなくて、神であったと分かった事でその苦しみから脱却する事が出来たのである。

 吾々は神である。これを自覚しないで自分を我(が)とか肉体であると思い、その我(が)のコントロールによって、神が出て来る出て来ないと考える所に迷いがあるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-02-17 12:12 | 信仰 | Trackback | Comments(7)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/10779589
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by 川島龍一 at 2010-02-17 21:04 x
堀さん、貴殿の信仰履歴については何もおかしいとは思いません。
コメントで私は
>生長の家の真理には色々の段階があると申されますが、真理に
>段階があるのですか。
と書きましたが、上記には
生長の家の教えに段階があるのかと言って来たが・・・
と書かれていますが微妙ですが内容はかなり違う言葉です。

わたしは「真理」に段階があるのですかと問うたのです。

上記の堀さんの告白は、個人の信仰の段階についてであって
生長の家の真理の段階ではありませぬな。

どうやら言葉の認識の差の食い違いが誤解になったようですな。
言葉は大切ですので講師の方はよく吟味してお使いください。
Commented by koujihori at 2010-02-17 23:38
川島さん

 この様なコメントをされる暇があったら、御自分の行をもっと深めて下さい。生長の家は自分の中にある完全円満の生命を悟る事が大事であり、全ての営みはそれにつながっているのですよ。私はこれを読む方がその目的を達成する為に少しでもお役に立てればと自分の命懸けの体験を書いているのです。

 
Commented by なおちやん at 2010-02-18 13:37 x
堀さん
なおちやんです
信仰告白、感銘を受けました。さすがに兄貴ですな。高校生の頃は品行方正だったとか(練成会直後のみ)。それで何時頃から女に目覚めたの(スケベに)ですか
Commented by koujihori at 2010-02-18 13:39
サムシンググレート様

 私を応援するコメントを下さるのは有り難いのですが、やはり相手を罵倒するコメントはここではふさわしくないので削除させて頂きました。次回コメントされる時は建設的な内容でお願いします。
Commented by koujihori at 2010-02-18 13:40
なおちゃん

 コメント有り難うございます。但し、後半は余計です。
Commented by 三平 at 2010-02-18 23:51 x
堀様の信仰体験に感銘を受けました。私も同じような悩みをいまも抱えています。実相は自ずから出てくるというお言葉に力づけられています。
Commented by koujihori at 2010-02-19 09:40
三平様

 そう言って頂けるとこのブログを書いている甲斐があります。ところでこの悩みは雅春先生が本当に悩まれた事です。でも、その悩みがあるからこそ、自分が神であったと分かり、実相の大地に降り立った無上の悦びあるのです。三平さんも必ずそういう日が来ます。その悩んでいる事が尊いのです。
<< あきらめるな 今、自分に与えられた事は解決可... >>