業の流転はナイ

 悪業は流転すると言われる。悪業とは罪の別名であるが、それは放っておけば、子々孫々伝わるとされる。簡単に言えば、一度ついた悪癖はこれは修正する事は中々難しいと言う事である。例えば、今、話題のゴルフのタイガー・ウッズが派手な不倫関係が騒がれているがこの様な女癖の悪い人は自分の女癖を無くそうと思っても、自力では中々治す事は出来ない。罪が罪を生み、どうにもならないのである。又、自分は恐怖する習慣があるから、恐怖しない様にしよう、なんて思っても、恐怖する事が又、恐怖を生み、どうにもならない。   
 この様な業(ごう)の流転というものは繰り返すのである。これを我(が)の力、人間の力で消す事は出来ない。しかし、それを消す道がここに存在する。それが生長の家の実相独在の信仰である。それは存在するものは神のみであり、存在する力は神の力のみであるという真理である。恐怖とか悪とか罪とかをアルと思って、それを自分の努力で消そうとして、それをつかむから駄目なのである。
 神の力こそが悪業を消す事が出来る。神の力のみが真に実在する力であり、その他の力はある様に見えて実はナイと悟らなくてはならない。
 神が神する事によりのみ神が御自分で出て来る事によりのみ神が出て来るのであり、それが悪業を断ちきる。実相独在と言う事はそういう事である。その事を悟る事を「悟る」と言うのである。全ては神であり、神の力のみであり、それはそのままであれば、自ずと全ての業や悪や罪や悩みを消して下さると知れ。

堀 浩二
by koujihori | 2010-02-23 12:28 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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