自分の観が変われば全ては今そのままで成就する(3)

 「自分が変われば世界が変わる」という教えが生長の家にある。生長の家の教えには唯心所現という真理があり、それは自分の周囲の全ての現象(自分自身を含めて)は自分の心の影であり、言い換えれば自分の心が作った映画の中で吾々は暮らしている様なものなのである。

 世に言う「いじめ」の問題があるが、もちろんいじめっ子が悪いに決まっているし、それを見て見ぬふりをする先生とかが悪いに決まっている。しかし、いじめられっ子にも原因がある。
 と言うのは自分の周囲が自分の観の展開であるならば、いじめられっ子は自分がいじめられる世界、そして自分をいじめる意地悪で残忍な友人を自らの心で作り出しているのである。
 即ち、自分の周囲の人が悪であったり、不調和であったり、病気であったりするのは全て、自分の観の歪みである。吾々は神の子として完全円満なる神に今、ここ神の国にいて生かされているのである。吾々の周囲の人は皆調和しており、健康であり、意地悪な人など一人もいないのである。現に吾々は今、そういう世界に住んでいるのである。それがそう映らないのは自分が「いや、そうじゃない。この世には悪い人、悪い事があるんだ」という迷いを持ち、自分で勝手に自分の観を歪めているのである。そうした歪みがあるから、今、そのままで本来優しい友人とかが残忍ないじめっ子に感じられるし、完全円満、無限健康の家族が病気に感じられるし、完全に今、調和している人達がお互い闘争している様に感じられるのである。

 悪はナイ。不調和はナイ、病気はナイ。ただ自分の観が歪んでいるだけである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-03-04 12:29 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ふじおか at 2010-03-04 21:46 x
今日もいじめで自殺をした少女のニュースが報道されていましたが本当にお気の毒だと思います。

若い当人にとってはいじめを受けている人との関わりは生涯の中でも限られたわずかな時間であるはずなのに苦痛の中で永遠の苦しみと錯覚し死を選ぶ
そんな事を書いてある本を読みましたが実際にいじめに苦しんでいる子は想像以上に傷ついているのでしょうね。

そんな子には真理に触れてもらいたいです。
現代にはそんな子は沢山存在しているみたいです。
Commented by koujihori at 2010-03-05 14:02
ふじおかさん

 コメント有り難うございました。そうですか。そんなニュースがありましたか。気の毒ですね。本当に一番大事なのが生命の問題だと思います。
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