実相は自分で出て来る(32)

 吾々は人生を生きていく上で何の不足も無く、のんべんだらりと生きていても中々魂が生長する事は出来ないのである。キリストは「富める者の天国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」と言われたがそれは何の不足もなくふわふわと生きている人は現状で満足してしまうからことさら真理を求める事をしないので真の楽園である天国に入る事は難しいと言う意味である。

 ところで私も生長の家の信仰をさせて頂いているが、現象的には色々と困難な問題が出て来る。しかし、その中で本当に信仰が鍛えられると言うか、伸びると言うか、より本物になるのを実感する。言い換えれば、色々と困難な問題が与えられるのは実相が自分で出て来る過程なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-03-11 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ふじおか at 2010-03-11 21:20 x
困難や苦しみを経験しているからこそ他人の痛みや苦しみだって理解できるものです。

だからどんな事も人生には無駄な出来事など存在しないと思います。

Commented by koujihori at 2010-03-12 10:42
ふじおかさん

 >だからどんな事も人生には無駄な出来事など存在しないと思います。

 その通りですね。

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