余命一年のシンガー

 昨日、フジテレビのアンビリバボーで又、素晴らしい感動的な話が紹介されていた。それは昨年6月に余命一年と宣告された女性シンガー小林由佳さん(27歳)の話である。彼女は生まれてまもなく『先天性胆道閉鎖症』と診断された。肝臓から十二指腸へ胆汁を送る肝外胆管が閉鎖し、胆汁が出なくなる難病だった。その後、手術をして、何とか命をつなぎ止めた。そして、その後、彼女は歌に生き甲斐を見出し、歌手を目指して努力をし、そして、インディーズからではあるが、レコードデビューを果たす。しかし、昨年、肝臓が悪化し、余命一年と医者から宣告される。
 彼女は肝臓の生体肝移植をしたら助かると当初、医者から言われていたが、その後、手術に耐えられない身体と言う事を医者から宣告されてしまう。しかし、必死に生きる道を探り、色々な治療法や医者を訪ね歩いたが最後の望みだった方法も不可能と言う事が昨年6月に分かり、とうとう余命一年と言う事になってしまった。しかし、彼女は自分の寿命が来るはずの一年後である6月3日以降の6月11日にラストコンサートをする事に決め、現在それに向けて必死の準備をしているのである。彼女の歌に込める思いは「どんなに辛くても歌という希望に掛ける」と言うものであるからである。 
 私はこのドキュメンタリーを観た時、胸が締め付けられる思いがした。しかし、同時に生長の家の教えというものは肉体や現象が調子よくなった時にのみ悦べるものではなくて、現象が如何なる状態であっても今、完全円満、無限力であると悟る事であると思った。

 肉体はナイ。現象はナイ。今、完全円満、無限力である。この事を悟らなくてはならないのである。現象は陽炎の様にユラユラしていて、良い時もあれば、悪い時もある。それは過去の念の残像に過ぎないのである。だから、そんなものは放っておいて、今、たった今、自己が完全円満、無限力であると信ぜよ。そして、今立ち上がるのである。

 ところで、彼女は今では10年後、20年後の構想も抱いているのだそうである。必死に生きている中で何時しか自分の永遠生き通しの生命の実相を感じ取っているのかも知れない。

堀 浩二
by koujihori | 2010-04-16 12:34 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from しじみオルニチン成分で健.. at 2010-04-24 17:17
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Commented by 久都間 繁 at 2010-04-19 17:16 x
>>生長の家の教えというものは肉体や現象が調子よくなった時にのみ悦べるものではなくて、現象が如何なる状態であっても今、完全円満、無限力であると悟る事であると思った。

おっしゃる通りですね。
現象が崩れたら失うような喜びは、本当の信仰の喜びではありません。現象がどんな状態でも、「今」そのまま完全であり、円満であることを喜べる信仰こそ唯神実相の信仰です。この「縦の真理」への堅信が、三界唯心の「横の真理」と一つになったとき、地上に天国浄土が湧出してきます。これは現象を信じていたのでは到達することはできない信仰ですね。
Commented by koujihori at 2010-04-20 09:44
久都間様

 信仰は肉体や現象を良くする為のものではなくて、今、このままで肉体無し、現象無し、実相完全円満を悦ぶ事にあるという事をお陰様で最近、更に感じる様になりました。でも、仰る通り、この世界は吾々の認識が映っている世界ですから、真の信仰のある所、常楽の世界が拡がるのも事実ですね。
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