生長の家とは何か(15)

 生長の家の初期段階というものは心と行動を良くして、実相を顕せというものである。だが、生長の家も奥義まで行くと、「そのままでよい」、「実相は自分で出て来る」という境地になる。そして、それこそが実相独在の生長の家の神髄である。

 実相は自分で出て来るという事が神に生かされているという事であり、他の人の実相がそのままで既に完全円満であり、救う必要が無いという事である。そして、それこそが真の悦びである。
 私はその悦びの元、良いアイデアとパワーがみなぎって来て、こうして悦びの記録を日々、書きつづり、発表しているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-05-06 12:10 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/11062989
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 天地一切のものと和解せよ 神様のレッスン >>