ここがこのまま神の国である。(2)

 吾々は自分がこれこれこういう手続きをしないと大変な事になると思う事がある。そして、それを何とかする為にあくせくして奔走しようとする。しかし、そんな事をしても却って、事態が紛糾したり、行き詰まってしまうのである。何故なら現象はナイのであり、それはただひとえに自己の心の映しであるからである。
 ものごとが上手く行かなかったりするのは自分の怠慢とか手続きの間違いとかはたまた他の誰かの怠慢とか思いやりの欠如などという事ではなくて(うわべの原因は例えそういう事であっても)、全て、自分の心が歪んでいるからなのである。実相すなわち本当にある世界は既に全ての人が大調和して、全ての手続きが完璧に進み、全てのものごとが順調に進行している。そして、それは今、ここに展開しているのである。上手く行かなかったり、不調和なのは自分がその既に完全円満の大調和の世界を観るに心が歪んでいるに過ぎない。心が歪んでいる状態でいくら奔走しても唯心所現の法則が働いて、現象は行き詰まるのである。
 
 今、このままでそのままここが大調和の神の国である。そのままでよい。上手く行かないのは自分の観が歪んでいるだけだ。

堀 浩二
by koujihori | 2010-05-11 12:10 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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