導き通りにしていれば良い。

 吾々はこの人生行路を進むに当たって、選択をしなくてはならない。人生は選択の連続なのである。何をするにもそのやり方と言うものがあり、それをどうしたら良いかという事がとても重要な事になって来る。しかし、それを頭による理屈で決める事は出来ない。

 吾々は神の子であるから今そのままで真理そのものであるのである。従って、吾々の考えは真理そのものである。それをそうじゃないと疑い、真理を自分の外に求めるから、何とか真理を分かろう、つかもうというのが頭で考えすぎるという事になって来るのである。そこには「今」に対する集中力が失われる。
 記憶力、判断力も今に対する集中力から生まれる。今に対する集中とは頭で考えないで今の自分そのものを真理そのものであるという自覚から来たるのである。自分が何をするにしても何をどのようにしたら良いか、自分のやりたい事の為の資材とか協力者をどの様に求めるかとかそうした自分の事で事前に頭で色々考えても駄目である。その時の内側からのインスピレーションにより何をどうするか判断せよ。内なるインスピレーションとは内なる神の国から来たるのである。内なる神の国こそ全ての全てである。

堀 浩二

 
by koujihori | 2010-05-17 12:23 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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