そのままでよい(31)

 実相は自分で出て来るのである。それをそう思わないで「私が祈って、私が行をやって、私が努力して、自分又は相手の実相を出すのである。」なんて力むのは神に生かされているという感謝が欠如しているし、そうした場合、自分もしくは相手の病気とかが消えたら、偉いのは自分であって、相手ではなくて、ましてや神様ではないという事になるのである。

 ここがこのまま神の国である。相手も自分も今そのままで神であり、完全円満であり、無限健康であり、良い人である。それがそういう現象でないのはその実相がまだ表面に出て来ていないだけである。実相は自分で出て来る。何も心配は要らない。全ての人は神であり、その人の実相は自分で出て来る事により癒しがあり、実相顕現があるのである。そう思う事が真の実相直視である。それをそう思わないで私の努力により実相を出してやろうと言うのは相手もしくは自分自身を良くしよう良くしようと言う心であり、それは相手もしくは自分を悪い奴だ、病気だと思う心である。

堀 浩二
by koujihori | 2010-06-01 12:17 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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