そのままでよい(33)

 吾等は実相は完全円満だが、現象は吾等の心が作るからその吾等の心を浄めなくてはならないと思いがちである。それで自分の心を浄めるのに必死になる。しかし、それが良くしよう、浄めようというのでは「今は悪い」という事になってしまうのである。そうなると結果的に悪とか穢れとか恐怖をつかむ事になる。

 恐怖を無くそうとする必要は無い。吾等は今、そのままで無恐怖であり、大安心なのである。元々恐怖が強く、心も乱れがちな自分であると思って、それを気をつけて、恐怖しないように、乱れないようにするのではないのである。それでは心もアル、迷いもアルと本来無いものをつかんでいる事になるのである。
 自分そのものが無恐怖そのものであり、歓喜そのものである。だから、そのままでよいのである。恐怖心はナイ。吾々は神の心そのものである。それが現象ナシ、心もナシ、実相のみがあるという生長の家の神髄である。

堀 浩二
by koujihori | 2010-06-22 12:18 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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