真の伝道とは

 鍛えるとは自分の中に今、そのままで出来る力、即ち無限力があるという事を認める事である。認めるから使う事が出来るのである。使う時、初めて訓練となり、知力、体力、筋力、勘悉く鍛えられ、力をつけ、研ぎ澄まされて行く。別の言い方をすればそれは清水の舞台から飛び降りるという事にもつながる。余りにも大事を取って、何回も確認している様では自分の記憶力を信用していない事になるから記憶力などの智力が鍛えられず従って智力が減退していく。

 だから、本当の愛行は相手が今そのままで悟った仏であると認める事であって、決して相手を見下して一つこいつを教えで良くしてやろう救ってやろうというものではないのである。その尊敬の念から真の思いやりが出て来て、愛行にもなる。その愛行や伝道はこの人だったら分かるという相手への尊敬の念から為されるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-06-28 12:14 | Trackback | Comments(0)
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