そのままでよい(34)

 吾々は完全円満、無限力そのものの神であるのである。それが真の信仰である。これこれこういう風な事をやると良いというのは単なる処世術である。しかし、本当の信仰というものは「そのままでよい。そのままで完全円満であって、そこから自ずと良い行動や心が出て来る」というものである。

 こういう祈りをすると潜在意識が清まるとか言うのは信仰のビギナー向けの教えである。本当の信仰は自分の本体そのものが「吾神なり。完全円満なり」という祈りの言葉が出て来る本体であり、それは「そのままでよい」という事である。

 宇治の道場で昔、ご指導されていたA先生はその生長の家の神髄を説かれていたのである。その教えは「そのままでよい」という事であった。私はそれまでそういう事を説く先生に出会った事が無かった。だから最初は新鮮に、悪く言うと奇妙に感じた(でも講話の最中はとても本来の自分らしい感じがして、心地よかった)が今から考えると先生は本当の生長の家の真理を説かれていたのである。

堀 浩二
by koujihori | 2010-07-23 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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