生かされている(17)

 吾々はこの人生を生きるに「自分で生きている」と思っている以上は悩みや心配や後悔はおよそ尽きる事がないのである。

 あれで良かったのか、どうしたら良いのか等々の不安は後悔は我(が)というちっぽけな存在が生きている、判断している以上はどうしても出てこざるを得ない。そうではなくて吾々は神に完全に生かされている、否自分の一挙手一投足は神そのものであるとの自覚が必要である。その時、一切の取り越し苦労も持ち越し苦労も悩みも消え去るであろう。

堀 浩二
by koujihori | 2010-08-11 12:24 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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