実相は自分で出て来る(41)

 生長の家の生き方がある。それは主に聖典「生命の実相」生活編の中に出て来るが、それが人間神の子の観念的信仰も無いの無理矢理形だけ真似ても駄目である。順序というものがあって、人間神の子と観念で悟り、その中から自ずとその悟りが行動として出て来る様でなくてはならない。それが真理の行動化、生活化という事である。

 だから、生長の家の真理は我(が)で無理に実行しようとしなくてよい。それが出来ていない同胞を責める事も要らない。生長の家の真理は内側から神により自ずと実行されるのを待つが良い。

堀 浩二
by koujihori | 2010-09-03 13:22 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/11854772
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 実相は自分で出て来る(42) 問題はナイ(13) >>