一回も罪を犯していない、病気になった事もない。

 よく、生長の家の真理の話をする時に「あなたは完全円満の神の子であって、いまだかつて一度も病気であった事も無ければ不完全であった事も無ければ、罪を犯した事が無いのですよ。それが本当のあなたですよ」って言います。

 何か間違いをした時は反省する事が大事です。それは観世音菩薩のお働きによって反省するのです。観世音菩薩様というのは我々の心を映してくださるお働きであり、それによって我々は自分の心の姿を直に知り、それで反省する事が出来る訳です。でもそれって実は実相が反省するって変な言い方だけどそういう事だと思うのです。別の言い方をすれば「実相が実相する」ってものですね。

 真に悪かった間違っていたと思う、でもその瞬間、実相が出て来て本当の事が分かったから過去の自分の考え方が間違っていたと分かる訳で、だから、その瞬間、迷いが晴れ、罪が赦されていると言われるのですよね。だから真の反省、懺悔というのは途轍もなく晴れやかなものである訳です。吾始めから神であった。罪の子と思ってそれを良くしよう良くしようとしていたのは間違いであったという底抜けの明るい、赦された感じです。  でも何時までも自分が間違っていた、悪かったと泣き濡れているのは実相が出ていないから真の懺悔と言う事は出来ない。真の懺悔は自分は神であった、一度も罪を犯した事が無かったと悟る事であり、その自覚をしていなかったという事が罪であったと分かる事ですね。そうなれば晴れ晴れとした爽やかな赦されたーという感じで決してそれは何時までも罪の意識におののいているというものではないですね。

堀 浩二
by koujihori | 2011-04-04 22:03 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by nushio at 2011-04-08 23:20 x
読ませていただきました
Commented by koujihori at 2011-04-26 23:02
nushioさん

 すいません。お返事するのをすっかり忘れてました。遅くなりましたが読んで下さって誠に有り難う御座いました。
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