潜在意識はナイ。

 「潜在意識はナイ」と言うのが榎本恵吾先生の教えであった。これは何も新しい先生の発明でも何でも無い。生長の家の真理は「実相独在、現象ナシ、心もナシ」であるから潜在意識はナイのである。
 生長の家の信徒間では「心を清めなさい。潜在意識を清めなさい。そうしていれば運命も健康も境遇も良くなりますよ。」と言われる。しかしながら、心を清めようと思っても、その心がコントロール出来ないのが谷口雅春先生の悩まれた所である。
 実相は自分で出て来るのである。その実相が自分で顕れて、その結果、心の向け方が改まり、その集積が潜在意識の清まりである。

堀 浩二
by koujihori | 2011-08-04 15:06 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 本多碩峯 at 2011-08-15 12:04 x
榎本恵吾先生は 中学校の後輩です(三重県南牟婁郡御浜町立御浜中学校)
潜在意識の働きが現象界の大部分を占めている。潜在意識を無意識とも言いますが、人間の願望実現や成功の法則に大きく支配している意識です!
 我々生長の家人はその法則を「生命の実相」を通して学んでいます!
それは尊い人間の生き通しと命を真理の書、神想観、供養(感謝の心)を通して、日常生活、即ち、家庭生活、仕事を通した社会生活で意識である「識」で日々実践することである!
 この事が非常に困難を伴い、人生に完成はない!その日々が生命の実相を顕現していることだ!それが人生なのだ!  
 日常生活に生かさず、理論に偏ると誌友を救済できません!
Commented by koujihori at 2011-08-18 10:20
本多さん

 潜在意識、現在意識の教えは生長の家の教えの重要な部分で、そこを説く事は教えの入り口、初歩ですね。そういう事を説かない様では初心者は入りようがありません。ですから、生長の家も練成会、誌友会等でそうした話をしますし、そこでコトバを良い方向へ習慣づけるとかそうした事を指導したり、練成したりして、病気とかが治って行きます。それはそれでそういう段階の人には大切は教えです。
 でも、何時までもその部分に留まっていてはいけないと思いますし、このブログではそうした奥義の事しか説いてません。
 心はナイというのが実相独在の生長の家の教えの神髄です。私はその事を理屈ではなくて、ギリギリの実生活の体験の中から実感して行ったのです。榎本先生も間違いなくそうであったろうと想像します。
 その事が悟れた時、所謂潜在意識が後から清まり、その映しである現象世界も救われ、清まります。だが、心がアル、潜在意識がアルと本来ナイものにとらわれた状態では真に潜在意識が清まる事などないでしょう。

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