自分が神である。(5)

 自分が神であると分かれば、今、そのままで自分の心、一挙手一投足が神であったという事が分かるのである。そこに自分の心をコントロールしなくてはいけないという悩みは消えるのである。
 それが聖経「続々甘露の法雨」に示された「若し汝の心にて恐怖を滅せんと努力して、而も恐怖を滅することを得ざるときには、恐怖を捨てんとする努力をさえ止め、唯そのままであれ、ただ実相(そのまま)であれ。如何なる恐怖も「生命」の実相(そのまま)の中には存在せざるなり。無き恐怖を滅せんとする必要も亦あらざるなり。汝は「生命」の実相(そのまま)で宜しきなり。恐怖しながら、そのまま恐怖本来無きなり。」という言葉となるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2011-08-04 15:08 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/14273794
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 一切の責任は吾が内にあり(3) 潜在意識はナイ。 >>