心でつくる世界

 私はこのお盆休みを利用して家族と愛知の万博に行って来た。
 愛知博は色々の見せ場があり、それぞれそれなりに楽しめるが私が特にいいと思ったのが日本館である。その中でもこれはと思ったのが、プラネタリウム型の巨大スクリーン映像である。
 それは部屋全体が大きなプラネタリウムの様な球体になっていて、その球体の内部に観客が入って、球体の内側全体に映し出されている全方位型のスクリーンを眺めるのである。
 その映像効果により観客自身が数十メートルの高さまで空高く舞い上がったり、海中に飛び込んだりするような錯覚を起こさしめるのである。

 観客自身はそのドームの中央に直立していて、周囲の立体スクリーンが動いているだけなのだが、観客には周囲が固定していて自分自身が空中に高く舞い上がったり、落下したりするように感じるというものである。

 私はこのスクリーン映像を体験している時、正に我々は普段の生活もこれと同じ様な体験をしているのではないかと思ったのである。
 
 皆さんの中には映画「マトリックス」をご覧になった方があるだろう。それはコンピュータと人間との戦争を描いた近未来サイエンス・フィクションだが、私はこれは大変、深淵な真理を描いていると思っている。
 この中で描かれていることは近未来においておのれが開発したコンピュータとの戦争に敗れた人類が、コンピュータによりその肉体をコンピュータの支配する世界での動力源として利用されるというものである。
 人間達は一人一人特殊なカプセルに入れられて、その肉体の体液は動力源として、搾取され、利用され、いわば培養された様な状況にあるのだが、その脳髄はコードによりコンピュータにつなげられ、コンピュータがプログラムした仮想現実を見せられて生きている。
 人間達はその仮想現実によりそれぞれがこの21世紀の世界に実際に普通の社会生活を送って生きていると思っているが、実はこれらは全て、コンピュータがプログラムした仮想現実を見ているに過ぎないのであって、本当の人間はカプセルに入れられ、眠らされてコンピュータに利用されているのである。
 そのコンピュータがプログラムした仮想現実世界を「マトリックス」というのである。

 これを大抵の人は単なるSFの物語だと思っていると思うが、実は我々の現実世界はこのマトリックスとほぼ同じと言ってもいいのである。
 こんな事を書くと、読者の方は何をバカなと思うと思う。でも、もうちょっとつきあって欲しい。
 
 我々は五官を通じて、この世界を認識して、生活している。そして五官から受け取った情報を神経系統が電気信号で脳髄に伝えて、そして脳髄が認識して、そこで初めて我々はこの世界の事物を認識している。
 しかしながら我々はこの世界をそのままあるがままに認識しているのではないのである。この世界の本当の姿は皆、実は霧の様なものである。物質には気体、液体、固体とあるがそれはそれを構成する分子の密度によって、気体、液体、固体と別れるということはご存知の通りである。
 その一番密に分子がつまっているはすの固体でさえも、その分子と分子の距離は隔たっており、分子の大きさを一つの天体の大きさに等しいものとすれば、その固体の分子間の距離は宇宙の天体同士の距離以上に隔たっているのだそうである。
 そうなると固体と言えども、その本当の姿は霧みたいなものと言わざるを得ない。それを例えば机なら机と人間が認識するのは人間が脳髄で机というものはこういう個体的形をしていると勝手に認識しているからである。
 机という固体から発する光の波動を我々の視神経という神経系統が受け取って、それを脳髄に伝え、そして、脳髄がその伝わって来た刺激をきっかけとして、そこに机なら机という固体が存在すると認識するのであるが、実はそこには具体的には霧のようなものがあるに過ぎず、それを目で見て、そして手でさわって、机という固体として認識しているのは我々の脳髄が神経系統から入って来た情報を勝手に組み立てて、それを机という堅くて具体的な存在として認識しているに過ぎないのである。

 冒頭で紹介した愛知博のパビリオンで自分の周囲のスクリーンが動くことにより、観客自身が動いたように感じさせるようなスクリーンの刺激により観客の脳髄が勝手に判断して観客自身が動いているように思わせれば、その観客に取っては自分が体験する世界は正にその観客自身が空中に跳ね上がったり、海中に飛び込んだりという世界になるのである。

 だから、人間は自分が信じた通りの世界のみを体験するのである。自分が出来ると思えば出来るし、自分は駄目だと思えば、駄目になって行くのである。そして、この人はいやな人だと認識すればその人が自分に何か言ってきてもそれを全て悪意に受け取るようになるのである。

 近代の医学は人間の病気というものがほぼストレスの継続によって引き起こされるということを立証し、そのことを広く公言し、訴える医者も多くなって来ている。
 人間の病気は心によって起こされるのである。そして、その他、あらゆる問題は心によって起こされる。それはこの世界が実は具体的に存在する世界ではなく、本当に存在する世界はその奥に、中(うち)にある霊的実相世界であり、そこには神が作り給うた完全円満な世界があるだけであり、具体的な問題や悪というものは存在しないのであるが、我々がこの世界には悪があると思って、それに心を引っ掛からせ、心でそれを勝手に認識すれば、悪、問題を心の力で映像として映し出すからである。
 
 だから取り越し苦労しないで、悪を心に描かなければ悪は出て来ない。災難に会いようがないのである。
 それをこういう災難がある、こういう悪がある、こういう不幸があると勝手に取り越し苦労し、それに備えて戦々恐々としていれば、その心が悪や不幸や災難を映像として現象世界に映し出す。それがこの世界の不幸にあえいでいる人達の実状である。

 しかし、それらは皆、自分の心が映し出したいわばマトリックスであって、本来実在しない。ナイのである。そして本当に実在する自分そして本当の自分が住む世界は前述したように完全円満の世界であり、完全円満の自分である。映画「マトリックス」では本当の自分は機械に支配され、搾取され、配線された哀れな肉塊に過ぎないというものであるが、実際に我々が生きているこの本物の世界の本当の我々は完全円満、自由自在、無限力の神なる存在である。
 それを我々の心が認識すれば、この現象世界、現世(うつしよ)の世界にその認識した通りの完全円満で問題が何もない世界が展開する。そうすると病気その他のあらゆる不幸、問題、悩みが自分の周囲の世界から消え去るのである。

 それを伝えているのが生長の家の人類光明化運動であり、国際平和信仰運動である。

 堀 浩二
by koujihori | 2005-08-15 23:02 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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