そのままで悦べる事

 自分が今、そのままで神である(現象として映っている自分という意味ではない)という自信があれば、人からの評価なんてどうでも良くなる。そして、そのままでただ悦べる。ただ与える事が悦びとなる。その中で他の人、一切万物を神の現れとして拝むだけである。その拝みが心からの笑顔とか感じの良い挨拶となる。それだけで悦びなのである。
 しかし、そうする中でいつの間にか万人に拝まれ、祝福されているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-04-11 12:30 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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