愛する事は自分がやるのではない。

 吾々が生きるのは自分という我(が)が生きるのではない。内なる神が自分を通して生きるのである。従って、善を為す、相手を愛するというのも自分という我(が)がやるのではないのである。自分の中の神の無限の愛が自分を通して愛するのである。「愛そう」と力まなくても良い。自分はそのままで愛であるからである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-04-22 18:25 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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