吾が生くるは吾が力ならず。天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)

 吾々が生きているのは自分という我(が)が生きているのではない。宇宙に遍満する完全円満の神の御力が自分をして生きているのである。今、息をしているのも人と話すのも人の話を理解するのも全て、その神が自分をして理解し、判断し、やっておられるのである。
 自分で生きていると思うから苦しいのである。後悔するのである。取り越し苦労するのである。正しい生長の家の生き方をしようと思うが出来ないと嘆くのである。そして、人を救わなくてはいけないと強迫観念に駆られるのである。そして、自分の心を正しく歪みの無い様に常に注意していなくてはならないなんて考えるのである。
 自分ではない。完全円満、無限力、宇宙遍満の神がここに自分という表出口として生きている。吾々は生かされているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-05-08 12:28 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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