罪無し

 私は生きているのは自分で生きているのではない、神に生かされているのだと悟った時を境にして徐々に自分の罪の意識というのが消えて来たのである。自分が生きていると思うと自分のして来た事が間違いだらけに見える。そして多くの罪を犯したと感じるのである。そして、それを修正したい、やり直したい、贖罪したいと思うものである。それは小懺悔という意味でならそれで良い。しかし、大懺悔というのはこれとはまるきり異なる。それは自分は神であり、自分の生は神の生であり、過去一度も罪を犯した事が無いという実相を悟る事である。
 自分は神であり、同時に神に百%生かされているのであり、今も未来もそして過去もそうなのである。だから、自分は未だ嘗て一度たりとも間違えた事、罪を犯した事が無かったというのが実相である。自分で生きていたというのは間違いであり、それが迷いであり、そしてそう考える事が罪である。
 その迷いで歪んだ心で自分の人生を見るから自分の人生が間違いだらけ、罪だらけに見えるのである。私はその事を悟ったが故に完全に罪の意識、自己処罰の観念から解放されたのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-05-14 12:26 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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