ただ与えるだけが悦び

 人間、人にどう思われているか、人から何を受け取れるかと言う事に引っかかっている内は幸せにはなれないのである。それは「条件付き」の幸福感であり、達成感だからである。生長の家の「使命邁進の神示」にもその事は明確に説かれているのである。「人がどう思うだろうかという事にとらわれている様では駄目だ。神に認められようとのみするがよい」という事である。

 他からの評価とかそんなものをもらわなければ完全になれないという事ではなくて、何は無くても「今そのままで完全円満である」という事が実相であるのである。だから、それは「既に無限に満たされている」という自覚である。それが無いと欠乏感、孤独感、嫉妬、焦燥というものが出てくるのである。そして常に外部に求めるのである。人からの評価とか賞賛を。

 そんなものなくても「今そのままで完全円満」である。それが真の自立であり、自律であり、実相完全円満であるのである。その満足感、幸福感から、人に施したい、愛を与えたいって心の底から思うのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-05-15 19:30 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/15870634
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 問題は神が消して下さる(12) 罪無し >>