病、本来無ければ、病の原因も本来無し。

 「汝等、この病は何の罪の結果ならんかと病の原因をいちいち詮索する事なかれ。病、本来無ければ、病の原因も本来無し。」

 これ聖経「続々甘露の法雨」の一節です。僕達生長の家信徒は病気は心の影という事を知っている為に自分とか家族が病気になったのはどういう心の間違いが原因なのかとかひどい場合は自分をそれで責める事がある。
 先般、母が亡くなりましたが最期はお陰様で大往生だったとは言え、私は密かに母が倒れたのは自分のせいだと思っておったのです。それは母は父が僕ら息子に対する不満を毎日、母にぶつけていたそのストレスで倒れたのであり、それは元はと言えば自分の日頃の行状に原因があると思っておりました。要するにこれは罪の意識です。

 でも有り難い事に生長の家は実相独在の教えです。罪本来無しの教えです。私は今朝、何となく感じる事があり、それをメモにしたためました。以下の通りです。
 
 「不調和というものは実在ではない。単に自分の心の歪みが映っているだけである。病気の原因である不調和の心というものは存在しない。だから母はストレスが原因で死んだというのも単に私の心の歪みが映っているに過ぎない。
 そう見えるのは私一人の心の歪みに過ぎない。私のその心の歪みが正しくなれば母は一度もストレスを感じた事も無ければ、父がストレスを与えた事も無い。そして父に私が不機嫌な顔をして嫌な思いをさせた事も無い。
 今、そのままで大調和の世界であり、それ以外、何もナイ。私の行動は父の行動は母の心はそのままで神のものである。それがそう見えないのは私の心の迷いであり、歪みである。その事を悟る事が母への一番の供養である。それを私のせいだ、父のせいだ、母のストレスを感じやすい心のせいだと気に病み、それを何とかしようという心は母を迷わせ、苦しめる。
 母はこの世の学びを全て卒業して、天寿を全うして、霊界に旅立ったのである。それが実相である。」

堀 浩二
by koujihori | 2012-07-11 09:07 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by アネモネ at 2012-07-12 15:33 x
堀先生ありがとうございます。お母様に関する三回の御文章を拝読させて頂きまして 実相独在とは、深い愛と感謝の中に在る真理だと思いました。お母様は、ご家族様のあたたかい愛の介護と 医療関係の方々の愛の医療を受けられまして 感謝の中で見送られ 幸せに旅立たられましたと思いました。ご冥福をお祈り申し上げます。
Commented by koujihori at 2012-07-13 22:09
アネモネ様

 暖かいお言葉有り難うございます。何よりの母への供養になると思います。
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