実相は自分で出て来る(47)

 道に準じようと思っても悪性(あくしょう)更に止みがたし。
 という言葉がある。人間、真理(道)に準ずる生き方をしようと思っても中々出来ず、気がついて見ると我(が)が出て、道を踏み外してしまうという事を昔の修行者が嘆いた言葉である。

 人として、生長の家式に言えば神の子として、生長の家の生き方にかなった生き方をするのが正しいと分かっていてもそれが中々出来ないというのが現実なのである。それでは何故出来ないのか?
 それは我(が)が頑張ってやろうとしているからである。我(が)には何も力が無いからである。実相が実相する以外、実相が顕現する事は無い。要するに実相は自分で出て来る以外、顕現する道は無い。
 
 実相は自分で出て来るのである。だから、そのままでよい。色々な人生経験の中で「本当の事はこうだな」という実感と共に出て来るのが実相である。

堀 浩二
by koujihori | 2012-08-08 09:13 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/16590602
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 現象はナイ(3) 足るを知る >>