ただ神の栄光が顕れんがため。

 キリストが「この子の盲目なのは本人の罪の結果であるか、親の罪の結果であるか」とある人に問われた時、こう答えたのである。
 「神の栄光が現れんがため」
 と。
 聖経「続々甘露の法雨」にも
 「この病気は何の罪の結果ならんかと罪の種類をいちいち詮索することなかれ。病本来無ければ病の原因も本来ナシ」と書かれている。
 表面上は色々紆余曲折はある様に見えてもこの世界は神の世界であり、神と神が顕れる事しか無いのである。その過程では肉親や伴侶の死もあるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2012-08-19 13:16 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/16659842
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 真の先祖供養 死はナイ >>