天分を生きる

 人間にはそれぞれ神から与えられた天分があるのである。
 人間は本来無限力であり、どんな才能も内に秘めており、何でも出来るのであるが、一つの人生で発揮される天分というのはある程度、限定されており、それは人それぞれ異なるのである。
 それは人間は神に生かされているのであり、その神から与えられた役割、個性というものが、我々一人一人にあるのであり、その役割、個性に応じた能力を出して、それぞれが社会、人類全体に貢献するようになっているからである。

 私を例に上げると私は神の子であり、実相は完全円満であり、潜在的に無限の力を持っているのであるから、それを自覚し、努力、訓練していけば、およそ何でも出来るのである。だから、自分としては子供の頃、余り慣れ親しんでいなかった球技に二十歳を過ぎてから色々挑戦しているのだが、それでも子供の頃からやって来た人には力が及ばず、たまにPTAなんかの野球やソフトボールの試合などでもレギュラーになれず、ベンチでスコアブックをつけたり、チームのまとめ役をやったりしているのである。
 私もその気になれば、スポーツは上手に出来るはずであり、実際ある程度、出来るが、やはり、そこで人より力を発揮するということよりもチームのまとめ役とかお世話係とかに力を発揮するということの方が私の今生における神から与えられた天分であるから、どうしてもそういう役回りになるのである。

 その事が我々は神から生かされているという事であり、一人一人神から与えられた使命、役割を生きて、人類に貢献するという事である。

堀 浩二
by koujihori | 2005-08-31 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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