解脱について

  皆さんは「解脱(げだつ)」という言葉を聞いたことがあるだろう。かつてのオウム真理教の教祖とされる麻原彰晃は自らを最終解脱者とか称していたが、逮捕される時、お金を抱えてねぐらに潜んでいたなんてのは解脱者とは言わないのである。

 解脱するという事は悟るという事と同義である。解脱とは文字通り、解(ときはなつこと)脱(だっすること)であり、それは肉体からの解放を意味しているのである。
 肉体に対する執着を捨て、これを投げ捨てるということが解脱するという事である。肉体というのは物質であり、物質であるから有限である。有限のものに心を引っ掛からせ、執着していては、それは自らの魂を肉体という有限のものに縛り付けることになるから、自縄自縛になり、苦しいのである。
 しかし、肉体に対する執着を捨て、それを投げ打つということは肉体からの解放となり、そこには真の自由と法悦がある。

 しかし、肉体を投げ打つと言っても実際に肉体を投げ打って、肉体を滅ぼしてしまうということではもちろんない。肉体はそのままで肉体に対する執着を捨て、心を引っ掛からせないということである。肉体の執着を捨てれば、却って肉体は健全に働くようになる。病気なんかも治るのである。
 肉体に対する執着はどうしたら捨てられるかと言ったら、その基礎となるのはこの肉体はあるように見えて、実は存在しないという真理に目覚める事である。肉体や物質は本当の生命の現れであって、真実の存在ではなく影のようなものであるという真理を悟ることである。そして「肉体ナシ!」と肉体をこのままで現象的に滅ぼすことなく、心で滅ぼしてしまうのである。それが肉体に対する執着を捨てるということである。

 あなたに何となく不安や恐怖や苦悩があるのは肉体に執着しているからである。肉体をアルと思って、それを保とう、良くしようと心が肉体にからみついているとそれが自縄自縛となるから苦しいのである。それが保身であり、保身の心ある者は常に恐怖と苦悩がつきまとうのである。
 肉体ナシと観じて、肉体を心で放下すべし。それが解脱という事であり、魂の解放という事であり、悟りを啓くという事である。

 大東亜戦争(太平洋戦争)中、日本軍の神風特攻隊など祖国日本を守る為に自らの肉体を捧げた方達は急速に魂が向上し、解脱された方達である。
 生長の家創始者谷口雅春先生はこういう人達は死後、天界という最高の霊界に生まれ変わっているのであると教えてくださっている。

堀 浩二
by koujihori | 2005-09-01 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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