吾が生くるは吾が力ならず

 吾々はこの人生を自分で生きていると思っている。そして、表面的に上手く行ったと言っては喜び、失敗したと言っては嘆き、後悔する。
 これ全て、自分が生きていると思っているからである。この人生は自分で生きているのではない。神が自分をして生きているのである。神は完全円満、無限の善、無限の愛、無限の智恵、無限の供給、無限の力である。それは全宇宙に隈無く満ちている。
 その神の自己実現として今自分が神に生かされている。だから、吾々は自分で生きているという事はなくて、神に生かされているのである。そして、それが自分が神であるという事である。そして、そのことは自分の人生は何時如何なる時も自分という我(が)ではなくて完全円満の神が生きているという事である。
 だから、紆余曲折、色々失敗があるように見えても吾々の人生は神の生なのである。だから、全託でよい。後悔、取り越し苦労は一切要らない。色々失敗があり、不完全が見えていてもそれは実相が自分で出てくる過程である。

堀 浩二
by koujihori | 2012-11-08 21:23 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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