自分が生きているのではない神が自分をして生きている。

 私の責任です・・・・って言って自分を責める人がいますね。WBCの内川じゃないですが。でも、人間万事塞翁が馬って言う事で人間何が幸いするか分からない。朝ドラの「純と愛」でたばこの不始末でホテルを全焼させてしまった女性がいます。この人は「自分なんて生まれて来ない方が良かった」って言いますが、純は「本当に申し訳無いと思ったら立ち直りなさい!」って言います。
 結局、純達は沖縄で以前のホテルより更に素晴らしいホテルを手に入れ、再出発出来た訳で。そうなるとあの前のホテルは燃えた方が良かったって事にもなる。

 だから、あんまり「自分のせいで・・・・」って思わない方が良い。要は自分の反省をするのは良い。考え違いとかやり方の間違いとか。でもそれ以上に自分を責める事は要らない。それが却って良くなるって事っていくらでもあるのだから。

 人間、自分が生きていると思うと常に落ち込んだり、取り越し苦労したりすると思います。「あれで良かったんだろうか?」とか「ああなったらどうしよう?」とか。それって全て「自分という我(が)が生きている」と思っているからです。

 でもそれって凄い傲慢。「吾が生くるは吾が生くるにあらず天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」で僕達は何時如何なる時も神に生かされている。
 だから、自分のせいでチームが負けた、誰かが死んだなんてすごい傲慢な発想。常に神様が良い様にして下さるという事です。

 自分が生きている様に見えて自分で生きているのではない。常に神に生かされ、護られ、導かれている。それが実相であり、それ以外に何も無い。

堀 浩二
by koujihori | 2013-03-19 20:00 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2013-03-21 23:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by koujihori at 2013-03-22 10:12
 こちらこそ有り難うございます。生長の家は絶対間違いありません。
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