神様はいるのか?

 今朝の朝ドラ「純と愛」でこれから脳腫瘍の手術を受ける事になった愛(いとし)に純がこう言います。
「神様なんて私はいないと思う。もしいるならいとし君をこんな病気にするはずがない」
それに対し、いとしは
「神様はいると思う。でもそれは力の足りない神様」
そして純はこう閉める
「いいえ、人生は自分の意志で切り開くもの」

 よく無神論者の人が言うのは「神様がいるなら、この世界をこんな悲惨な事にするはずがない」っていう言い分。それじゃなくてもいたとしてもそれは力が足りない神様に違いないと。

 これはこの現象世界を見ていればそう思うと思う。でも、神様はいます。それは衣冠束帯で顎髭を生やし、杖をついているという様なものではない。そういう神様云々っていうものの存在の真偽を言うから現代人は鼻で笑う。そうではなくて、宇宙を貫いている法則と言うか大生命というか理念というか。そういう存在があるのです。それを神と呼ぶ人は呼ぶ。
 そしてそれは完全円満で無限なんです。

 で、その完全円満で無限の理念というか大生命は同時に無限の個性があり各人においてそれぞれ個性として表現されているそれが各人の人間。

 それがこの世界の本当の姿。でも、それは物質とか肉体ではない。その奥にある理念的なもの。それを霊とか呼ぶ事もある。で、物質とか肉体はその霊とか理念の表現の舞台です。要するに画家がうちに無限の才能があるとして、それを表現したい。それで二次元世界のカンバスに表現する。彫刻家なら三次元世界の塑像に表現する。

 この現象世界とか肉体というのはその奥の真実に存在する理念の表現の世界。で、その奥の理念の世界は完全円満でもそれを表現する世界というのは段階がある。初期段階はどうしても稚拙なものとなり、色々な失敗が出て来る。絵もその画家が内側に無限の才能を持っていても表現の初期段階では稚拙な絵、下手な絵になる。そういう訳で神様が作った本当の世界は完全円満でそこには病気も無ければ戦争も無い。でも人間がそれをまだ自覚せず、自覚しないが故にそれを表現する事も出来なければ、この現象世界は色々、病気とか戦争とかの不完全が出て来る訳。決して、これは神様がいない訳でも力が足りない訳でもない。人間がその本来の姿をまだ発見出来ず、従って表現出来ないが為にそれが現象世界に出て来ないだけ。
 だから、純が最後に閉めた様に
「この世界は私達の意志(心)が築き上げるもの」という事にもなるのです。

PS この本当の世界は実相世界とも言いますがそれを内側に見出した人の事を覚者と言い、こういう人を所謂「悟った人」と言います。

堀 浩二
by koujihori | 2013-03-22 18:10 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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