完全を求めるなかれ

観世音菩薩讃歌より抜粋

「天の童子答えて曰く――
「されど吾に完全は見えず、
不備や欠陥
不足・不如意の多き世界のみ見ゆるなり」。
天使説き給う――
それは汝が〝神の子〟たる証(あかし)なり。
汝の内に〝完全〟の宿る証拠なり。
〝完全〟の尺度もちて
自己を測り
他人(ひと)を測り
社会を測るが故に、
足らざることのみ見ゆるなり。
〝完全〟の世界を今見んと焦燥すれば、
不足を想い
不如意を感じ苛立つ心起るなり。
現象の中に完全を求むることなかれ。
現象は時間と空間の制約を通し
実相が展開する過程なり。
過程は常に中途にして完璧ならざること、
楽曲が中途で完結すること能わざるが如し。
汝、人生の楽曲を正しく味わうべし。
曲の最中(さなか)に
完結を急ぎて声上ぐるは愚かなり。
曲は必ず完結するが故に、
心静かに曲の進行と転調を楽しむべし。
世界の実相、必ず完全なるが故に、
創造神(つくりぬし)を信じ
人生の変化と多様な進展を味わうべし。」

 吾々は自己の内に完全円満の神の生命を宿している。そして、それ故に現象にそれを実現させようとする。しかしながら、その故に現象の不完全さ自己の肉体の容貌や能力に満足が行く事が出来ず、いらだつ事、不満に思う事があるのである。

 しかしながらそれは「神の国を外に求める行為」と言わざるを得ないのである。自分の中にのみ神の国はある。今、ここ神の国であり、完全円満大調和の世界に今、吾々は住んでいるのであり、自分は今そのままで完全円満、無限力、容姿端麗である。それが実相であり、実相しかないのである。現象は単なる吾等の認識の映しであり、存在しないのである。

 だから、外に完全円満を求める事は要らない。無限力を求める事は要らない。眉目秀麗を求める事は要らない。既に今そのままで自己が完全円満であるから、良くしようとか出来ようとか分かろうとする必要は一切無い。
 そして、ただひたすら自己の完全円満さを信じて、今に集中して自己の生活態度を高め、常に無限力を高めるべく、無限生長すべく、ひたすら自己訓練にいそしむべし。
 すぐに出来よう、分かろうとする必要は無い。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-02 13:16 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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