家について

 人間というのは組織への帰属意識が必要である。各自バラバラであると思えば、自分の属している組織とか家族なんてどうでもよく、自分さえ良ければよいという事になる。そんな風に各自が勝手にバラバラの気持ちで動けば、組織は成り立たないのである。
 自分はこの組織に属し、ここにお世話になるのだと思えば、自ずと組織の長上の者に対しては丁重になるだろうし、組織全体の事を考えて行動する様になる。
 しかし、自分さえちゃんとしていれば家族の不始末など知った事ではない、自分さえ与えられた仕事をやっていれば会社などどうであろうと知った事ではないという考えは自分さえ良ければ良いということなのであるから非常な利己主義である。
 だが、人間というのはいくら頑張ってもおのれだけでは生きていくことは出来ないのであり、全体に生かされている存在なのである。人間は本来、自他一体であり、お互いに助け合い、協力し合い、愛し合いながらこそ生長発展出来るものであるからである。

 そのお互い、生かし合い、協力し合う場が組織であり、そして組織の中で一番大事で基本的なのは家である。
 テレビで細木数子がよく家系を絶やさない事の大切さを説いているが人間はその様に単にこの肉体が死んだらそれで終わりという存在ではなく、肉体死後も生き通しの霊なる存在であるから、家系が絶える事なく、子孫が祖先の霊をお祭り、供養するという事が大事なのである。
 
 家こそは巣であり、憩いの場であり、万物が生かされる源である。そして、我々の魂はその家の中で初めて、存在を与えられ、生かされ、繁栄するのである。
 家も国も何も無くて、誰か分からぬ、何国人か分からぬ人間は社会でも、この地球上でもその存在を認められず、根無し草の様にフラフラと漂流するしかない。

 現代の日本は唯物的個人主義が蔓延し、家を軽視又は否定している為に地獄の様相を呈しているのである。
 若者は親をバカにし、親は子供を虐待する。これらは生命の流れ、家の原理がまるで分かっていない所から来ている。

 我らは今こそ、人間は生き通しの霊であるという事を自覚し、家の概念を大切にして行かなくてはならない。そこに公の概念、国の概念が生じ、社会奉仕、そして日本の国を立派な平和な国にしようと頑張る気概が生まれるのである。


 堀 浩二
by koujihori | 2005-09-24 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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