全ては神が内側から行う。

 吾々は神の子である。神の子と言う事は肉体ではない、神に生かされた生命であり、霊であるという事である。神は宇宙に満つる法則であり、聖、至上、無限、完全円満の生命である。
 その無限の神に生かされ、導かれているのが吾々一人一人の人間であり、従って何の憂いも不安も力みも恐怖も無いのである。神に支えられ、神に全託で大安心そのままが吾々である。

 従って、そのままでよいのである。こうでなくてはならぬという事は一つも無いのである。救わなくちゃいかんとか自分の心を清めなくちゃいかんとかそんな事は一つも必要無い。ただ、今そのままで吾々は神の子であり、神に完全に生かされ、導かれ、無限の神にただ抱かれ、支えられているのである。

 しかし、そのままであれという事は何もしないという事ではないのである。神は無限の躍動であり、無限生長であるから常に無限に活動し、生長し、展開するのである。

 実相独在であるから、先祖供養もしなくてよい、伝道もしなくてよい、国防もしなくてよい、戸締まりもしなくてよい。医療もしなくてよい。という事は無いのである。現象的に必要な事はその時と所と人に応じてどんどんやって行かなくはならないのである。それはある人は「現象処理」と呼ぶ人がいるのであるがそれは本当は正しくない。これでは実相独在の信仰の他に何かその時々に応じて人間が、肉体が、我(が)が個別に現象的に何か処理して行かなくてはならないというニュアンスになるのであるが、実相独在の実相の活動以外、一切存在しないのが真理である。
 そうした一見、現象処理に見える、医療とか事務処理とか先祖供養とか国防とか家の戸締まりとかも全て「そのままでよい。そのままで完全円満」という実相の働きの中から人事処に応じて内側から自ずと自然発生的な催しとして出てくるのである。

 だから、一切の現象処理において心を悩ます事は要らない。内側からの実相の自然の催しに応じて百%神に全託の中から神が自分を通して行う、神が支える働きとして先祖供養も国防もその他一切の現象処理をやって行けば良いのである。

堀 浩二
by koujihori | 2013-04-10 22:13 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/18516726
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by しんかい at 2013-04-11 08:11 x
合掌 ありがとうございます。
    堀様のブログで実相独在の真理を理解できました。心から感謝申し上げます。うれしくて うれしくて ~  ありがとうございます。
Commented by koujihori at 2013-04-11 08:48
しんかい様

 そう言って頂けると冥利に尽きます。
<< ユダヤ系財閥の陰謀も迷った人類... ユダヤ系財閥の陰謀は現象に過ぎない。 >>