全ては自分の中に既にある。

 ものごとは分かろうとすると分からなくなる。分かろうというのは自分はそのままでは分からないという事を認める心であり、分かりたいものを自分の外に求める行為に他ならない。

 だから、分かろうとすると分からないのである。それが所謂「考えすぎ」という事である。同時に良くなろう、幸せになろう、豊かになろうとするとなる事は出来ないのである。

 全て、自分の外に幸福を富を智恵を健康を求めているからである。

 吾々は神である。今そのままで。吾々は今、神であり今そのままで完全円満である。しかし、それは現象の事ではない。現象はナイのである。現象の奥の実相である。
 それが今、そのままで完全円満である。無限力である。無限健康である。無限智恵である。それを認めればそれが徐々に時間的過程に従って出てくる。自分で出てくる。

堀 浩二
by koujihori | 2013-07-17 20:56 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/19285711
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 人間は肉体ではない。心であり霊... 自分が神である。(8) >>